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[023]2026.09.24log

千の品物と、作れなかったひとつ

他人のものを説明した十年から、自分のものを作る側へ

十年のあいだ、千ほどの品物を紹介してきた。アメリカや日本、台湾といった場所で、テックやアイデア、デザインの製品を誰よりも早く現地の消費者の前に並べ、この品物のどこがいいのかを説明する仕事だった。のちには韓国のファッションやコスメ、スイーツを日本のポップアップストアに立てた。棚に品物を置き、照明を合わせ、通りすがりの人が足を止めて手に取るように仕向ける仕事だった。

ただ、その千の品物のなかに、私が作れるものはひとつもなかった。ポップアップストアの棚の前に立って、ふとそのことに気づいた日があり、それが妙に長く残った。

この仕事で得たものもある。知らない分野でも、数日眺めていれば概念と流れはつかめる。それで一、二時間の講義くらいはできる。理屈の上では。だからその分野を知っているかと問われれば、知っている。その分野の専門家かと問われれば、違う。概念とプロセスを手早く整理できるだけで、言葉にならない実際の難しさは知らない。本で恋愛を学んだ人が恋愛を知っているのと、だいたい同じくらいの知り方だ。そういう知が、本当に知っていることなのだろうか。その問いを長いあいだ棚上げにしているうちに、他人のものを評価する目は鋭くなり、私が何を得意で何を好きなのか、そして何を作れるのかを考えることは、少しずつ消えていった。

ビジネスモデルの探し方の定石は知っている。まず市場を見て、その市場の不便を探し、それを解くサービスを作れ、というものだ。間違ってはいない。ただ、ふたつの問いが残る。私がまったく共感できない問題を、私が解けるのだろうか。そして需要の見える問題を、はたして私だけが解いているのだろうか。

だから unstackd は反対側から始めることにした。自分が関心を持った分野を実際にやってみて、詰まる箇所が出てきたら、まず既存の解法があるかを探す。なければ作ってみる。その過程を記録し、必要な人に公開する。無料で開いてもいいが、お金をもらっても恥ずかしくない完成度までは行ってみたい。それが唯一の野心だ。

世の中に私のような人間が、私ひとりということはないだろう。本当にそうなのかは、まだわからない。うまくいけば幸いだし、いかなければそれもひとつの答えだ。ただ、どちらにしても過程は残る。何を作ろうとし、どこで詰まり、それをどうほどいたかが、時間の順に、ここに積もっていく。

十年のあいだ他人のものを説明してきたのだから、今度は自分のものを説明する番だ。その説明がどれくらい長くなるのか、私自身も気になっている。